【要旨】 |
・ | 20世紀末から21世紀にかけて、世界的に「市民社会論」のルネッサンスが見られる。これは、一方で資本主義諸国における新自由主義的政策による構造改革と他方でヨーロッパにおける社会主義体制の崩壊、そして資本主義のグローバル化を通じて、国民国家の役割の相対的後退が生じ、市場中心主義が全面化したことと相関している。 |
・ | 市民社会論にみられるモチーフは、政治的、経済的、社会的領域において、「市民という存在、市民の連帯・協働・組織」の意味を新たに位置づけようとするところにある。たとえば、民主主義が制度・運動・思想の3つのディメンジョンで語りうるとすれば、市民社会論は、その運動の要素を重要視するもののように思われる。 |
・ | 21世紀初頭の情勢においてみれば、市民社会論は社会主義的オルタナティヴが力を喪失したなかで、グローバル資本主義の実相を原理的に批判する陣地を、後退した戦線においてであるかもしれないが、展開しているとも考えられる。 |
・ | 日本の戦後法学は、近代法の構造把握および現代法の歴史的展開の分析なかで、「市民社会」のコンセプトを一つの原理的視座として位置づけてきた実績をもっている。 もちろん、法学理論においては、市民社会のコンセプトについては、それをもっぱら歴史的実証の対象として位置づけ、市民社会論によって法学的規範論を基礎づける議論を観念論として批判する立場も強く存在している。 |
・ | 本報告では、再生している市民社会論が現代の法と社会の分析、および法学の課題にとっていかなる意味をもつかを、これまで報告者が執筆してきた関連諸論稿をたどりながら、あらためて検討してみたい。 |